ヒルハウスチェアの概要
チャールズ・レイニー・マッキントッシュ(1868-1928)が、彼が設計した「ヒル・ハウス」という住宅に設置するために設計した椅子。ヒルハウスも十分有名だが、このハイバックなシルエットを見たことのある人は多いのではないだろうか。
ヒルハウスチェアは椅子の背もたれを梯子状にし、1400mmの高さをもたせた、珍しいプロポーションの椅子である。その姿から、マッキントッシュ自身は『ラダーバックチェア』と名付けたそうだが、世間ではヒルハウスの名が先行してしまったようだ。
ヒルハウスは、スコットランド地方の伝統的な民家様式であるスコティッシュ・バロニアルスタイルに、マッキントッシュのならではの幾何学的なデザインを取り入れ設計された住宅だ。マッキントッシュはこの家のドアハンドルやカーペットの模様、壁の装飾などの付属品もトータルデザインしており、ヒルハウスチェアはそのうちの一つである。
マッキントッシュの生涯・その特徴
マッキントッシュ自身は、警察官の息子として、1868年グラスゴーに生まれる。16歳で建築家を志し、グラスゴー美術大学の夜間部に入学し基礎芸術を学ぶ。グラスゴー美術大学では、晩年、自身も教鞭を振るうなど、深い関りをもつことになる。
マッキントッシュが設計活動を行った期間は、1890~1920年頃のおよそ30年程度だが、技術革新の激しい時代のニーズに応えようと、非常に幅の広い作風となっていた。当時、曲線を基調としたアール・ヌーヴォーが時代の主流であったが、グラスゴースタイルを経て、アール・デコ様式が流行っていく。マッキントッシュはその先駆けの一人となる。
マッキントッシュの製作活動の特徴として「トータルデザイン」がある。公共建築・商業建築・住宅と幅広く手掛け、設計範囲は建物だけでなく、照明・キャビネット・椅子等の家具などにも及ぶ。上に書いたように、ヒルハウスもその一つである。
背もたれに機能と美を持たせる
ハイバックの背もたれは人の背中に合わせて緩やかなRを描いている。背もたれ本来の機能を考慮し、人体の丸みを優しく受け止める形である。
同時に造形的にも美しい。その造形的な美しさを讃え、評価している書評は多い。大きい椅子だが、ルーバー状の形状は空間に繊細な印象をもたらす。斜陽が当たった時には美しい長い影が落ちる。当時の装飾というと、どうしても新たに物を付け足しがちになるところを、背もたれを高くしルーバー状にするだけで、これまでにない新しい装飾性をだしたところが斬新だったのだろう。
また、実際に使って見た時を想像して見ても面白そうだ。
例えば丸いテーブルを4人程度で囲った時、机の周りはこの背の高い背もたれで囲まれることとなる。椅子に座った大人の目線が、およそ1200mm程度の高さであることから、高さ1400mmの背もたれは、テーブルの外の視界のを遮断するパーティションにもなり、一体的な空間がゆるやかに生まれる。それでいて、ルーバー状の背もたれは、必要以上の閉塞感を生むことはせず、なんとも心地のいい空間となりそうだ。人が集まると空間が生まれることに新鮮な面白さがある。
とはいえ、ハイバックチェアは普通の椅子より重い、椅子の重心が高く猫が梯子を上っただけで倒れてしまう、など、普段使いでは苦労も多そうだ。高級レストランなんかでの利用が良いかもしれない。
マッキントッシュのデザインには日本の伝統造形を思わせる幾何学的な直線的な構成が伺える。アール・ヌーヴォーが歴史的背景にある中で、直線と曲線の微妙なコントラストを使ったマッキントッシュのデザインはアール・デコに通ずる歴史的にも重要な位置づけとなる。
ちなみにWikipedia によると、マッキントッシュは、建築家としての仕事は困窮し、晩年は水彩画家に転向したんだそう。
そしてヒルハウスチェアのオリジナルは今もヒルハウスの寝室に置かれているんだとか。
コメントを残す