サヴォア邸の概要
宇宙船のような外観である。地面から切り離されたこの斬新なかたちは、今でも色あせない不思議な魅力がある。
サヴォア邸と言えば、説明するまでもなく、世界で一番有名な住宅建築の一つだろう。フランスの歴史的建築物および、民間建築モニュメントに指定し、歴史遺産とされている。
しかし、なぜ世界一なのか、おもしろポイントは何なのか。よくわかっていない人も多いのではないか。
そんな人のために僕なりの見解を書いてみた。ずばり、サヴォア邸の最も面白いところは、小さな直方体の箱の中に、住宅から都市から建築の歴史まで、あらゆるものが詰め込まれているところにある。(憶測もある。)
どういうことか。
サヴォア邸の概要
まずは概要から。
- 設計者 :ル・コルビュジエ
- 建設年 :1931年
- 用途 :住宅
- 構造 :鉄筋コンクリート造
- 階数 :地上3階地下1階
ル・コルビュジエという設計者について
サヴォア邸そのものの説明に入る前に、設計者であるル・コルビュジエがどういう人物か、多少なりとも知っておいたほうが良い。
ル・コルビュジエといえば言わずと知れた世界的巨匠だが、もともとは家業を継ぐために時計職人を目指していた、というのは有名な話である。しかし、時代背景や自身の視力が著しく悪かったことから、時計職人は断念し、美術学校で建築士の道を志すようになる。また、生涯通じて絵を描いており、時々企画展などでキュビズムの作品に混ざりコルビュジエの絵が取り上げられることもある。
どこかダ・ヴィンチのような万能人のようなところがある。
『輝く都市』の発表
1930年には『輝く都市』を発表した。これらは低層過密な都市に対するアンチテーゼであり、超高層ビルを建て、その周囲に緑地を作ったほうが豊かな街ができるとするもので、近代の都市計画に多大な影響をもたらしている。
事実、近年の高層ビルを建設するロジックとして周囲の空地を評価する手法は、行政が積極的に採用しているものである。(これが実際にいい街づくりにつながっているかというと個人的には疑問だが、不動産業界では大いに役立っている。)
コルビュジエの代表作
- 「ドミノシステム」に基づく集合住宅『マルセイユのユニテ・ダビタシオン』(L’unité d’habitation de Marseille)
- インドの新興都市チャンディーガルの顧問として都市計画および主要建築物(議会・裁判所・行政庁舎など)の設計
- 『ロンシャンの礼拝堂』
その他、多数。作風も抽象的なものから造詣に凝ったものまで、多種多様である。
モデュロールの発表
「モデュロール」理論の提案。合理的かつ美的な寸法体系を、人体寸法並びに黄金比から導き出したもの。コルビュジエは物事の深層を構築することにこだわりがあったようだ。
サヴォア邸の礎となる近代建築の五原則
まず先に断っておきたいのだが、ここに記述していることは持論である。備忘録にも近い形で自分の考えをまとめているだけに過ぎないので、、その点を了承の上、拝読いただきたい。
サヴォア邸と言えば、近代建築の五原則と切っても切り離すことができない。
近代建築の五原則とは、コルビュジエが提唱した「①ピロティ、②屋上庭園、③自由な平面、④水平連続窓、⑤自由な立面」からなる、当時の建築に対するアンチテーゼといえるだろう。コルビュジエは五原則で具体的に何が言いたかったのか。かみ砕いてみる。
ピロティ:5原則の中で最も重要と僕は考える。建築的な手法としては、地上階の外装を剥がし、半外部空間をつくることにある。半外部空間はアクセスを制限しないため公共性を持たせることとなる。=都市的視点
屋上庭園:屋上庭園には2つの意味がある。地上をピロティとした際、外部空間との接点を担保するもの。もう一つは他人に侵されることのない、外部空間を獲得する。=空間的視点
自由な平面:建築構法等の発展により、これまで構造に縛られていた平面計画に自由が生まれることとなった。=構造→計画的視点
自由な立面:平面と同じく壁構造により多くの制約があったファサードを解放するものであった。=構造→意匠的視点
水平連続窓:コルビュジエは自由な立面からの更なる展開として、水平連続窓を挙げている。人の視線は多くの場合、水平に移動する。移動に合わせ、外の風景が途切れないようにする。=空間的視点
近代建築の五原則は多様な切り口をもつ
コルビュジエは近代五原則の中で、多くの切り口を導入していることがわかる。単体で完結しない建築の在り方を提唱しているところが、当時の他の作品と一線を画している。サヴォア邸は都市計画から建築史までいろいろなものを背負っているのである。
とはいうものの、近代五原則、実は僕はサヴォア邸での実践が満点解答とは思っていない。なぜなら、この五原則は超高層オフィスなどで考えてみると実はもっとわかりやすい。
超高層建築に見る近代5原則の実践
例えば、日本のよくある超高層オフィスビルを考えてみる。
低層部はピロティとすることで、公共性の高い空間としよう。建物の屋上には庭園を設け、いろいろな人が憩える場所とするとよい。平面計画はできるだけ入居者が自由に使えるよう、フレキシブルな均質空間としよう。室内からはできるだけビューが開けるよう、水平連続窓を設けよう。最後に建物の立面(もしくは頂部)を工夫して、この建物のオリジナリティをつくりだそう。
どうだろうか。現代の超高層オフィスはほとんどがこのコルビュジェの五原則のレシピに、ミースの「レスイズモア」のスパイスを加えてできている。まさに近代5原則の実践といって差し支えないだろう。コルビュジエは100年にもわたる建築の流れをつくってしまったのだ。
サヴォア邸の特徴を図面より読み解く
さて、話をサヴォア邸に戻そう。この近代五原則のサヴォア邸での実践は、どのようなものだっただろうか。図面を見ながら、分析してみたい。
ピロティ:車のための地上レベル
1Fはピロティ空間を車寄せとしている。室内も1階は車庫・玄関・客室と、生活の主要室でない空間が並ぶ。車寄せというとささやかであるが、都市計画と建築を同時に考えていたコルビジエにとって1階は都市交通インフラのための場所だったに違いない。
(ちなみに自動車が大量生産され始めたのは、コンベアラインができた1913年らしい。サヴォア邸が竣工したのが1931年、まさにモータリゼーションの真っただ中にあったといえる。)
屋上庭園:宙に浮かぶプライベートガーデン
サヴォア邸には2階にインナーテラスとも呼べる壁に囲まれた庭がある。2階に庭園をつくることで、生活の主要室が並ぶ上階の居住空間を良好なものとして設えることができる。試しに2階の庭園部分をマッピングしてみる。
緑色にべた塗した範囲が外部空間である。下部のうっすらと黄緑色にオーバーレイした範囲は外部と全面ガラスでつながるリビングである。室内環境は保たれるが視覚的には外部同等と近しい設えとなっている。
気づいたかもしれないが、中央のスロープを介し、内部と外部(+リビング)の範囲は点対象となっている。2階の半分を外部(同等)空間とし3階はほぼ外部。コルビジュエは生活に豊かさを求め、住宅の過半に外部空間を引用としたのだ。おまけに、2階の庭は外部の人が自由に出入りのできないセキュリティの確保されたプライベートガーデンであるため、安心してくつろぐことができる。
しかし考えてみれば、あの緑に囲まれた、開放的でいて私的な空間において、庭を閉じ、持ち上げる必要はあったのであろうか。この疑問に対する解答として、コルビュジエは2階以降に庭を設置することで、工業化された庭をつくろうとしたのではないか。住宅の庭の環境は一般的に周辺環境に大きく左右される。しかしあえて庭を上階に持ち上げ、壁で囲ってしまうことで、サヴォア邸がどこに建とうとも、比較的良好な空間がつくられる。空さえ塞がなければ。
先の構法的な観点と合わせて、土着的な建築から脱却しているシステムを構築している。地面から建築が離れる瞬間の象徴といえる。
2階の空中庭園の発想は1階が車のための空間としてつくること、つまり都市計画の観点が包含されている。しかし、それを居住環境の向上につなげ、さらには工業化まで実現する、この縦横無尽に展開されたアイディアが緻密につながることこそが、サヴォア邸の本当のすごさだと思う。
自由な平面:全体の背骨となるスロープ
サヴォア邸の平面計画の特徴としては、やはり中央に鎮座するスロープがあげられる。それ以前の建築構法においては、これほど大きなスロープが建物の中央を引き裂くことは考えられなかった。
1Fを車のための空間とし、囲われた空中庭園を設けることは、ともすると閉鎖的な空間をつくりかねない。しかしそれを解決しようと試みたのが、中央に配置したスロープだ。
スロープは1階から3階までのそれぞれの要素を、途切れることなく見せながら、緩やかに全体をつないでいく。機能的に上下階をつなぐだけでなく、演出的なシークエンスをつくることで、階数の隔たりを少しでも解消しようとしたのではないか。
ちなみに、サヴォア邸の初期案を比べてみるとスロープが登場していないことがわかる。(初期案が気になる方は『ル・コルビュジエの全住宅』の購入を勧める。)
スロープをあえてプランのど真ん中に設けることが、平面の自由さを強調すると同時に、コルビュジエの近代五原則の実践を完成させる最後のピースであったのかもしれない。
水平連続窓:最大限の解放感を発揮する
言わずもがな、サヴォア邸は2階に水平連続窓を設けている。それがサヴォア邸らしさの一因になっている。外観だけ見ると比較的閉じた箱のように見えるが、内部の様子はかなり開放的である。これは水平連続窓が最小限の大きさで、最大限の効果を発揮しているからに他ならない。
自由な立面:サヴォア邸をサヴォア邸たらしめる塔飾り
冒頭にも述べたように、サヴォア邸は宇宙船のようなどこか近未来的な面持ちをしている。その秘密は幾何学形状の組み合わせにあるといえる。
サヴォア邸では幾何学を多用している。2階平面は正方形に近い長方形、1階の平面は半円と四角形を組み合わせたものとなっている。
1階の半円は車両の軌跡を考慮したものだ。ピロティの下を車が走り入庫するために緩やかな半円状の外壁とする必要があった。屋上階には円形・楕円形が並ぶ。いずれも2次曲面だが、現代の建築造形にないシンボリックなシルエットをつくっている。
よくよく考えてみると3Fの円形や楕円形は機能的には不要である。機能的に無駄だからか、後世の住宅で似つかわしいフォルムが横行するようなことにもなっていない。結果として、サヴォア邸の唯一無二の個性になっている。
しかし全体を見れば、屋上の曲面による造形は、1Fの円形プランと韻を踏んで、全体として調和のとれたデザインに感じられる。
近代五原則は工業化を推し進めるものであり、その先には画一的で没個性化した大量の住宅が待っている。一見、無駄にも見える造形は、サヴォア邸の解釈の余白となり、没個性化しない重要な役割を買っている。コルビジュエが時代のもつ問題意識と上手に寄り添っているように思え、必然性、必要性のない塔飾り=まさに自由な立面、といえるのではないか。
近代建築の五原則とサヴォア邸のなりたち
僕なりの解釈で、近代五原則とサヴォア邸の成り立ちを書いてみたが、最後に簡単な図式でそれぞれをつなげてみた。
どうだろう。ちゃんとサヴォア邸ができたのではないかと思う。
まとめとこれからの新しい建築の道
コルビュジエの提唱した近代五原則は、大きな建築のタイポロジーとなり、不動産の型を生み、経済の流れまでつくりだしてきた。
近代五原則は工業化を推し進めるものであり、その先には画一的で没個性化した建築群が待っている。今の世の中で、個性・多様性などという言葉が謳われていることは、世の中がこの法則に飽きており、建築の終着点はここではないことを表している。
次なる道は、この近代五原則のアンチテーゼからはじまるのかもしれない、と大きく風呂敷を広げたところで、この記事を締めくくりたいと思う。
【参考図書】
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→コルビュジェの全住宅の図面模型写真が載っており、非常にわかりやすい良書。
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→作品紹介文が、様々なエピソードを盛り込み、時に詩的で非常に参考になる。
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